ソ連などを勉強しました

勉強をしました。ソ連は、共産圏全体の利益のためには一国の主権は制限されると表明し、軍事介入を正当化しました。しかし、ソ連の国際的威信は低下し西欧の共産党もユーロコミュニズムを提唱し、議会政治を擁護してソ連型の社会主義を否定しました。一方、ソ連の平和共存政策と対米接近は中国との対立をもたらしました。中国は、ソ連の変化を資本主義へ近づくものと批判し、ソ連も中国の姿勢を非難したので中ソ論争・中ソ対立が深刻になっていきました。ソ連は1960年に中国から技術者を引き上げ、経済援助も停止し1969年には中ソ国境で武力衝突がおこる事態になりました。こうして、ソ連を中心にした社会主義陣営の結束がくずれ、国際政治は多極化の方向に向かうことになりました。アメリカは、1954年のジュネーヴ休戦協定に調印せず、南ベトナムの政権を支援しました。1960年、南ベトナム解放民族戦線が結成されるとアメリカはこれを共産主義の侵略とみなして軍事介入をはじめました。ビセラの口コミはこちら